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動畫を見て
インターネツトの動畫で保守系の市民團體が韓國との國交斷絶のデモ行進を行つた動畫を見た。それぞれの思想でデモをしたのだらうが、それは良いとしても最後に主催者と思はれる人が韓國の國旗に似せた旗を踏みつけてゐたのである。その後も老若男女の參加者がその國旗らしき旗を踏みつけてゐた。當然ネツト上では韓國人からの反撥の書き込みが多數書き込まれてゐた。
ここで愚生は思ふに、彼の國の住人が日の丸を平然と踏みつける蠻行には當然怒りを覺えるが、この日乘でも何囘も書き込んでゐるが、場違ひな排外主義を持ち出したところで吾人の先人は先の大戰では、彼の無法者國家を同胞として共に戰つたのである。この武士道精神を持つて對峙しなければならないだらう。何囘も言ふが「戰前の日本人は豪偉壯大でした。彼の韓國人を同胞として扱ひ、教育したのですから。戰前の偉大崇高なる精神を想ひます。將に當爲としての「亞細亞は一なり矣」ですね。日本も韓國も、戰後の教育は、慘憺たる爲體らく、教育教學の復古を懇祷するや、切なるものがあります。「朝鮮人、出て行け」では無く、「猛省せよ」でせう。デモする人も、「脚下を顧みよ」では無いですか」と
彼の國は神國日本が羨ましく、また到底追ひつけないと思つてゐる。神國日本への燒きもちであり、ねたみ以外の何物でもないと愚生は考へるのである。

本日は、昨日も書いたやうに明治天皇御崩御から百年である。ここで明治天皇の逸話を紹介してみたい。
「教育敕語」が發布された翌年の明治廿四年、日本中を震撼させる事態が起きた。「大津事件」である。同年五月十一日、來日してゐたロシヤのニコライ皇太子が滋賀縣大津市に立ち寄つた際に、警備してゐた津田三藏巡査にサーベルで斬りつけられ、頭部を負傷したのである。「ロシヤが報復に出るのではないか」。日清戰爭前の當時、日本がロシヤと戰爭するなど想像もできず、皆、戰々兢々となつた。この方が東京に傳はるや、明治天皇は事件の翌朝午前六時に早くも新橋驛をご出發され、午前九時過ぎに京都に到着。ニコライ皇太子をお見舞ひになり、皇太子が心を和ませるやう、親しくご歡談されたのであつた。結局、ニコライ皇太子は、神戸港に碇泊してゐたロシヤ軍艦で歸國することになつたが、明治天皇は別れに際し、ニコライ皇太子を晝食にお招きになつた。だが、醫師の忠告もあつてロシヤ側はこれを辭退し、代はりに、明治天皇をロシヤ軍艦での宴に招待したのである。これが日本側で大問題になつた。萬が一、ロシヤ軍艦が天皇を乘せた儘出向してしまつたら、それを止めるだけの日本の海軍力が神戸近海になかつたからである。群臣からは招待を辭退すべしと云ふ意見も出され、結局、天皇にご決斷いただくことになつたのだ。しかし明治天皇は「皆が心配するやうなことはなからう」と、招待を受けてロシヤ軍艦に臨まれたのである。
ロシヤ側は大いに喜び、宴では談笑が絶えなかつた。明治天皇の誠實で迅速なるご對応が、相手の心を開かせたのであつた。
明治天皇は日露戰爭終戰の年に次の御製を詠まれてゐるが、この大津事件の想ひ出が胸をよぎつてゐたのかもしれない。
「まこともてわがしたしまばとつくにの 人も心をへだてざらまし」
(誠の心で親しめば、外國の人も心も隔てることなどないであらうに)
この御製をみればまさに神武天皇の御精神である、八紘爲宇の大精神が讀み取れるだらう。保守系の市民團體もまさか尊皇心なくデモはしてないだらう。この大御心あふれる御製をいかに考へてゐるか。

このやうな日乘を書いたら、ネツトウヨクと稱される人からは、「だから街宣右翼は在日の集まりだ」と言はれるかもね(笑) 
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by gokokutekkentai | 2012-07-30 22:56
教育勅語復活こそ現状を打開せしめる
明日は明治天皇御崩御から百年の日である。ここに明治天皇の御偉業を述べるまででもないが、現在に於る諸問題解決の答へが見つかるであらう。
矢張り現在の諸問題の根源は教育の荒廢に盡きる。大津市のいぢめ問題、警察の不祥事、政界住人のやりたい放題等々あげれば盡きないのだが、戰後教育、日教組による教育のほころびが出てきてるのではないか。ここは明治天皇が發布せられた教育敕語(教育ニ關スル敕語)復活であらう。この教育敕語がなぜ編纂されたのか。明治の御代に入り鎖國から開國へと目まぐるしく近代國家を成し遂げようとする中その流れに飜弄される國民を想ひ、國民道徳の振興の爲に、日本國民の安心立命のために「和魂」と「洋才」の兩立つまり「復古」による「近代化」と云ふ奇蹟に近い兩立が成立したのである。
明治天皇は明治十二年に「教學聖旨」と云ふ大精神を示し、教育へのご懸念を示されると共に、教育に於て、その根幹となるべき「まことの道」を確立することをお求めになりその御心は、この御製からも傳はつてくる。
世の中のまことの道のひとつぢに
 わが國民ををしへてしがな


教育敕語には日本人としていや世界中の人々にも通用する立派な道徳訓である。
この精神が日本國民特に聖職者と呼ばれる人々に滲透していけば、現在に抱へる諸問題の解決につながるであらう。

さういへば愚生がまだ學生の時に、この道に入つて最初に買つた本が大原先生の教育敕語だつだのを思ひ出した。

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教育勅語

朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ
我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此
レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ
兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ
修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ德器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開
キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無
窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス
又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン
斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所
之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々
服膺シテ咸其德ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

明治二十三年十月三十日
  御名御璽


 私の思い起こすことには、我が皇室の祖先たちが国を御始めになったのは遙か遠き昔のことで、そこに御築きになった徳は深く厚きものでした。我が臣民は忠と孝の道をもって万民が心を一つにし、世々にわたってその美をなしていきましたが、これこそ我が国体の誉れであり、教育の根本もまたその中にあります。

 あなた方臣民よ、父母に孝行し、兄弟仲良くし、夫婦は調和よく協力しあい、友人は互いに信じ合い、慎み深く行動し、皆に博愛の手を広げ、学問を学び手に職を付け、知能を啓発し徳と才能を磨き上げ、世のため人のため進んで尽くし、いつも憲法を重んじ法律に従い、もし非常事態となったなら、公のため勇敢に仕え、このようにして天下に比類なき皇国の繁栄に尽くしていくべきです。これらは、ただあなた方が我が忠実で良き臣民であるというだけのことではなく、あなた方の祖先の遺(のこ)した良き伝統を反映していくものでもあります。

 このような道は実に、我が皇室の祖先の御遺(のこ)しになった教訓であり、子孫臣民の共に守らねばならないもので、昔も今も変わらず、国内だけでなく外国においても間違いなき道です。私はあなた方臣民と共にこれらを心に銘記し守っていきますし、皆一致してその徳の道を歩んでいくことを希(こいねが)っています。

明治二十三年十月三十日

(天皇陛下の署名と印。)
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by gokokutekkentai | 2012-07-29 20:00
みたままつり
昨日は演説會終了後に成美副長と共に靖國神社で行はれてゐるみたままつりに行つてきた。愚生は初めてであつたが、それはたくさんの人が參集してゐた。
何とか駐車場を見つけ、早速參拜し、周りを散策した。途中舞臺の上ではつのだ☆何某が「ふるさと」を歌つてゐたが、まあそれがひどいことに「リメンバー リメンバー」とアレンジして歌つてゐるではないか。愚生は具合が惡くなりその場から離れすぐに歸宅した。
愚生は僭越ながら「凛として愛」の監督・泉水隆一氏の遺文集「靖國神社の眞實」に寄稿させていただいたことがある。
泉水隆一翁曰く「靖國神社は、日本軍を祀つてゐるのではなく、皇軍兵士の武勳を祀つてゐる神社なのです。つまり天皇の軍隊の神社なのです。ですから坂本龍馬や吉田松陰が祀られてゐるのも、日本軍ではなく、勤王のために非業の最後を遂げられたので祀られたのです。皇軍兵士・勤皇兵士以外は祀ることが出來ないのです」とこれが靖國神社の本質である。
今のやうな營利目的の、みたままつりを英靈はどのやうに感じてゐるだらう。

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by gokokutekkentai | 2012-07-16 20:49
初見參
本日は、毎月第三日曜日に開催されてゐる皇國同志會主催の本厚木驛での街頭演説會にお邪魔した。梅雨の中休みなのか天候もよく、風が心地よく演説會日和であつた。
一番目の辯士は主催者である皇國同志會 花上會長が先陣を切つて話された。ここでは小澤新黨の話から始まり、教育の腐敗から起きた大津市でのいぢめによる自殺問題を切り込んで話され、八紘爲宇の大精神に今こそ日本人は戻るべきと訴へられた。
二番目は僭越ながら愚生が駄辯を披露させていただいた。愚生も民主黨が分裂し、次に期待されてゐる橋本何某が率ゐる大阪維新の會の危險性。特に橋本何某は本當の「維新」の意味も知らず尊皇心もないのに大阪を都にしようとする考へ方、そして子供に日本の神話を教へないことが教育の腐敗の一因であることを話させていただいた。
三番目の辯士は愛倭塾 山口會長が登壇し、矢張り教育の腐敗 神話を教へない現在の教育界、しかし大東亞戰以前の日本ではきちんと神話を教育してゐたことを當時の教科書を持參し、最初の一ページ目に天照大御神の神敕が書かれてゐることを述べられ、だからこそ神國日本は絶對に滅ぶことはないことを力説された。
四番目の辯士は皇國同志會 川原本部長が登壇し、本日の總括、日本と他國との違ひを驛前の人々に問題意義を問ひかけ終了した。
奇しくも皆現在の教育の腐敗が元兇であり、そこから政界、經濟界、教育界の墮落が始まつた。ここで今一度神話を教へ、本來の日本、大和民族の精神を取り戻すことこそが急務であるとの熱く、理にかなつた演説會であつた。

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皇國同志會 花上會長

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駄弁をふるう愚生

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愛倭塾 山口會長

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皇國同志會 川原本部長
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by gokokutekkentai | 2012-07-16 00:01
  
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