<   2012年 12月 ( 6 )   > この月の画像一覧
本年もお世話になりました。
本日は十二月三十一日大晦日です。本年はたくさんの先輩・同志、同憂の方々に大變お世話になりました。この場をお借りして厚く御禮申し上げます。
 本年は尖閣問題や、竹島問題最後には維新者氣取りの似非議員まで出現した年ではありました。しかし吾人の本務は天皇陛下に對して、臣道を盡くしていくことこそが本務でなければいけません。來年は皇國の進運に貢獻できるやう盡力してく所存でございます。まだゝゝ至らないところはございますが來年も御指導、御鞭撻のほどよろしくお願ひ申し上げます。
[PR]
by gokokutekkentai | 2012-12-31 12:18
天長節奉祝日の丸大行進
本日は當隊が加盟してゐる神奈川縣維新協議會による天長節國民日の丸大行進が開催された。寒風吹く中多くの同志の方々が參加され大盛況であつた。
さう云へば愚生が集合場所に行く途中に小學四、五年生くらゐの少女が愚生に「あそこで何が行はれるんですか」と質問してきたのだ。そこで愚生は優しく「今日はね、天長節と云つて、天皇陛下のお誕生日で、國民揃つてお祝ひするんだよ。」と答へたら、その少女は「今日はおめでたい日なんですね。」と言つて走つて行つたのだ。愚生は(日教組教育の結果だな)と思ひ、日教組萬々歳になつてしまふ危險性を感じたのだつた。

b0241807_221749100.jpg



b0241807_2217421.jpg

徳富蘇峰翁曰く「吾人臣民は、斯る多難の場合に至尊の御親政が創始あらせ給ふに附て、深く辰慮を惱ませ給ふを恐察し奉らざるを得ない。今日の急務は、只だ至尊の乾徳天の如き範を垂れ給うて、我が臣民を御指導あらせ給ふ一事に存する」と
またかう曰く「抑も神武天皇の業を創め給ふや。六號を兼ねて以て都を開き、八紘を掩うて而して宇と爲すの、大規模を建てさせ給うた。明治天皇の御代をしろしめすや、首めに五條の誓文を立て、「天下萬姓の爲に於ては、萬里の波濤を凌ぎ、身を以て艱苦に當り、誓て國威を海外に擴張し、祖宗先帝の神靈に對せんと欲す。」と宣うた。而して天皇は實に其の御言葉の如く行ひ給うた。否な御言葉以上に行ひ給うた」(徳富蘇峰著 昭和一新論 御踐祚より拔粹)

御言葉にもあつたよふに東日本大震災で被害にあはれた被災者に對するお心遣ひに只々涙するばかりである。矢張り天皇御新政による祭政一致の世の中にしなければならないであらう。
最後に 

第百廿五代今上陛下萬歳
      

天皇 彌榮
 を奉唱す
[PR]
by gokokutekkentai | 2012-12-23 22:27
今上陛下御降誕の日



本日廿三日は今上陛下御降誕の日であります。一億心を一にして今上陛下御降誕をお祝ひする日であります。

b0241807_21255265.jpg


天皇陛下お誕生日に際し(平成24年)


天皇陛下の記者会見

<英文>へ

会見年月日:平成24年12月19日

会見場所:宮殿 石橋の間




記者会見をなさる天皇陛下

宮内記者会代表質問
問1 東日本大震災から約1年9か月がたちましたが,復興への道のりは険しく,古里に帰れない被災者が今も多いのが実情です。一方で,国民を勇気づけるような明るいニュースもありました。皇室では,皇太子ご夫妻の長女・愛子さまがご両親の付き添いなしで小学校に通われるようになり,秋篠宮家ではお子さま方が留学や進学準備を迎えるなど節目の年となりました。この1年を振り返り,社会情勢やご公務,ご家族との交流などで印象に残った出来事をお聞かせください。
天皇陛下


今年は2月に心臓の手術を受け,多くの人々に心配を掛けました。誕生日に当たり,当時記帳に訪れてくれた人々を始め,今も私の健康を気遣ってくれている多くの人々に対し,感謝の気持ちを伝えたく思います。

東日本大震災から1年9か月がたち,被災地に再び厳しい冬が巡ってきています。放射能汚染によりかつて住んでいた所に戻れない人々,雪の積もる仮設住宅で2度目の冬を過ごさなければならない人々など,被災者のことが深く案じられます。震災時の死者行方不明者数は1万8千人余と報じられましたが,その後,2千人以上の震災関連の死者が生じたため,犠牲者は2万人を超えました。地震や津波を生き抜いた人々が,厳しい生活環境下,医療などが十分に行き届かない状況の中で亡くなったことは誠にいたわしいことと感じています。また,被災地の復興には放射能汚染の除去や,人体に有害な影響を与える石綿が含まれるがれきの撤去など,危険と向き合った作業が行われなければならず,作業に携わる人々の健康が心配です。放射能汚染の除去の様子は福島県の川内村で見ましたが,屋根に上がって汚染を水流で除去するなど,十分に気を付けないと事故が起こり得る作業のように思いました。安全に作業が進められるよう切に願っています。

社会の問題として心配されることは,高齢化が進んでいることであります。特に都市から離れた地方では大変深刻な問題になっていると思います。平成23年度の冬期の雪による死者は130人以上に達し,多くが除雪作業中の高齢者でした。私自身近年山道を歩く時,転びやすくなっていることを感じているので,高齢者が雪国で安全に住めるような状況が作られていくことを切に願っています。若い時には高齢のため転びやすくなることなど考えてもみませんでした。

1年を振り返ると様々なことがあった年でした。明るいニュースとしてはロンドンオリンピック,ロンドンパラリンピックでの日本選手の活躍が挙げられます。ロンドンオリンピックで日本が獲得したメダル数は,これまでのオリンピックの中で最多でした。また,ロンドンパラリンピックでは,車いすテニスの国枝選手がシングルスで北京大会に続いて2連覇を達成するなど,日本の選手は様々な分野で活躍しました。金メダルをとったゴールボールの試合も映像で楽しく見ました。研ぎ澄まされた感覚でボールを防ぐ姿には深い感動を覚えました。脊髄損傷者の治療として英国で始められた身体障害者スポーツが,今日ではすっかりスポーツとして認められるようになったことに感慨を覚えます。

山中伸弥教授のノーベル医学生理学賞受賞も誠にうれしいニュースでした。特に再生医療に結び付く大きな成果は,今後多くの人々に幸せをもたらすものとなることと期待しています。

今年は英国女王陛下の即位60周年に当たり,御招待を受け,私も皇后と共にその行事に出席いたしました。この行事には,各国の君主が招待されましたが,戴冠式とこの度の60周年のお祝いに重ねて出席できたのはベルギーの国王陛下と私の二人で,戴冠式の時は18歳と19歳でした。若くして臨んだ戴冠式での様々な経験が懐かしく思い起こされます。
問2 陛下は今年2月,心臓の冠動脈バイパス手術を受けられました。現在のご体調はいかがでしょうか。最初に心臓のご病気をお知りになった時,手術をお受けになると決められた時,無事に手術を終えられた時の心境と,今後の体調管理で留意されている事柄についてお聞かせください。退院後も胸に水がたまるなど陛下に治療が続いた時も,ずっと支えられた皇后さまをはじめ,ご家族とのエピソードについてもお聞かせください。
天皇陛下


手術の後はその影響があり,テニスをしても走って球を打つという何でもない動作がうまくいきませんでしたが,最近は以前のように球を打てるようになったような気がしています。リハビリテーションというものが実に重要なものだと感じています。農業や漁業で体を動かして仕事をしている高齢者が被災生活で体を動かさなくなった時に体を壊すという話が実感されました。心臓の病気は検査で知りました。手術を受けることを決めたのは,心筋梗塞の危険を指摘されたからでした。時期については,東日本大震災一周年追悼式に出席したいという希望をお話しし,それに間に合うように手術を行っていただきました。手術が成功したことを聞いた時は本当にうれしく感じました。執刀をされた天野順天堂大学教授を始め,この手術に携わった関係者に深く感謝しています。体調管理としては筋力を衰えないようにすることが大事だと考え,これまでどおり早朝の散歩を続けるほか,できるだけ体を使う運動に努めています。入院中,皇后は毎日病院に見舞いに来てくれ,本当に心強く,慰めになりました。手術後のリハビリテーションの一環として病室の近くの廊下を一緒に歩く時にはいろいろな音楽をかけてくれ,自分も楽しそうに歩いていました。家族の皆がそれぞれに心を遣ってくれていることを,うれしく思っています。
問3 陛下は心臓手術後も以前と変わらないペースで公務に取り組まれていますが,来年80歳となられるのを機に一層のご負担軽減が必要との指摘があるほか,一定の年齢に達すれば,陛下には国事行為に専念,あるいは国事行為と最小限の公的行為だけなさっていただき,それ以外は皇族方が分担するという考え方を取り入れるべきとの意見も出ています。現行制度のままでは陛下のご活動をお支えする皇族方が減ってしまう現状の下で,今後のご公務に関する皇族方との役割分担についてどのようにお考えでしょうか。
天皇陛下


天皇の務めには日本国憲法によって定められた国事行為のほかに,天皇の象徴という立場から見て,公的に関わることがふさわしいと考えられる象徴的な行為という務めがあると考えられます。毎年出席している全国植樹祭や日本学士院授賞式などがそれに当たります。いずれも昭和天皇は80歳を越しても続けていらっしゃいました。負担の軽減は,公的行事の場合,公平の原則を踏まえてしなければならないので,十分に考えてしなくてはいけません。今のところしばらくはこのままでいきたいと考えています。私が病気になったときには,昨年のように皇太子と秋篠宮が代わりを務めてくれますから,その点は何も心配はなく,心強く思っています。

関連質問
問 陛下は皇后さまと共に11月に沖縄県を訪問されました。皇太子御夫妻の時代から数えると9回目となります。今回,8年ぶりに沖縄県に行かれた御感想,また,特に印象に残ったことをお聞かせいただけますでしょうか。
天皇陛下


8年ぶりに沖縄県を訪問したわけですけれども,今度行きました所は,今までに行ったことのない所が含まれています。沖縄科学技術大学院大学ですね,恩納村には行きましたけれどもそこは行きませんでしたし,万座毛も初めてでした。それから久米島がやはり初めての所です。戦没者墓苑は,これは毎回お参りすることにしています。そのようなわけで,毎回お参りしている所と新しい所があって,沖縄に対する理解が更に深まったように思っています。万座毛という所は,歴史的にも琉歌で歌われたりしていまして,そこを訪問できたことは印象に残ることでした。殊に恩納岳もよく見えましたね。久米島の深層水研究所も久米島としては水産上,重要な所ではないかと思っています。多くの沖縄の人々に迎えられたことも心に残ることでした。沖縄は,いろいろな問題で苦労が多いことと察しています。その苦労があるだけに日本全体の人が,皆で沖縄の人々の苦労をしている面を考えていくということが大事ではないかと思っています。地上戦であれだけ大勢の人々が亡くなったことはほかの地域ではないわけです。そのことなども,段々時がたつと忘れられていくということが心配されます。やはり,これまでの戦争で沖縄の人々の被った災難というものは,日本人全体で分かち合うということが大切ではないかと思っています。 (宮内廳 ホームページ引用)


 天皇陛下の79歳の誕生日を祝う一般参賀が23日、皇居で行われた。宮内庁によると、記帳も含めて2万8065人が訪れた。陛下は皇后さまや皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻とともに午前中3回、長和殿のベランダに立たれた。2月に心臓の冠動脈バイパス手術を受けた陛下は、現在の体調について「普通と変わりなく生活していますので、どうか安心してください」と述べた。 また、「これからも(東日本大震災の)被災者のことを思いつつ、国民皆の幸せを願って過ごしていくつもりです」とあいさつ。日の丸の小旗を振る人々に笑顔で手を振って応えた。午前中あった皇族方による祝賀には、7月に心臓手術を受けて療養中の三笠宮さまも参列した。 陛下は午後、宮殿で皇族方とともに野田佳彦首相らとの祝宴に出席したほか、各国大使らから祝福を受けた。(時事通信から引用)

毎年皇居に訪れる人が年々増加傾向にあるがまだまだ一億二千萬分の二萬でしかない。
[PR]
by gokokutekkentai | 2012-12-23 21:28
欲の塊の集團
今日は衆議院の選舉が行はれどこの放送局も開票番組のオンパレードである。愚生もどうでもいいと思ひながら投票所には一応足を運んだ。ふたを開ければ自・公で三分の二を獲得する勢ひだと云ふ。第三極と云はれる政黨もいまいち存在感を見いだせてゐない。本來ならば皇國史觀を持つ候補者がゐない危機的な選舉であつただらう。いろいろ思ふところはあるのだが、どうでもいいので今日はこれまでで、明日のために早く寢ることにしよう。
徳富豬一郎翁曰く「基本亂れて、其末治まるものはない。腐敗手段を以て出で來たりたる議會が、腐敗議會たる事は、犬の腹より出でたる子は、飽迄も犬であり、猫の腹より出でたる兒は飽迄も猫であるの類だ」(徳富豬一郎著 國民小訓 參政權の行使より拔粹)
ただ安倍總裁には總理になつても靖國神社には堂々と參拜してもらひたい。
[PR]
by gokokutekkentai | 2012-12-16 22:25
吾人は臣民であり神民である
本日十二月八日は、聖戰大東亞戰爭開戰の日である。この戰は言ふまでもなく自存・自衞の戰ひであつたのは言ふまでもない。 天皇のために戰ひ、  皇國の威嚴をみせた戰ひである。左翼陣營が語る「侵掠戰爭」なる主張は論據を得ず、事實に反することは言ふまでもない。
なぜに「聖戰」なのか。それは畏れながら宣戰の大詔に、明らかに宣示あらされ給うてゐる。
天佑ヲ保有シ萬世一系ノ皇祚ヲ踐メル大日本帝國天皇ハ昭ニ忠誠勇武ナル汝有衆ニ示ス朕茲ニ米國及英國ニ對シテ戰ヲ宣ス朕カ陸海將兵ハ全力ヲ奮テ交戰ニ從事シ朕カ百僚有司ハ勵精職務ヲ奉行シ朕カ衆庶ハ各々其ノ本分ヲ盡シ億兆一心國家ノ總力ヲ擧ケテ征戰ノ目的ヲ達成スルニ遺算ナカラムコトヲ期セヨ抑々東亞ノ安定ヲ確保シ以テ世界ノ平和ニ寄與スルハ丕顯ナル 皇祖考丕承ナル皇考ノ作述セル遠猷ニシテ朕カ拳々措カサル所而シテ列國トノ交誼ヲ篤クシ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ之亦帝國カ常ニ國交ノ要義ト爲ス所ナリ今ヤ不幸ニシテ米英兩國ト釁端ヲ開クニ至ル洵ニ已ムヲ得サルモノアリ豈朕カ志ナラムヤ中華民國政府曩ニ帝國ノ眞意ヲ解セス濫ニ事ヲ構ヘテ 東亞ノ平和ヲ攪亂シ遂ニ帝國ヲシテ干戈ヲ執ルニ至ラシメ茲ニ四年有餘ヲ經タリ幸ニ國民政府更新スルアリ 帝國ハ之ト善隣ノ誼ヲ結ヒ相提携スルニ至レルモ重慶ニ殘存スル政權ハ米英ノ庇蔭ヲ恃ミテ兄弟尚未タ牆ニ相鬩クヲ悛メス米英兩國ハ殘存政權ヲ支援シテ東亞ノ禍亂ヲ助長シ平和ノ美名ニ匿レテ東洋制覇ノ非望ヲ逞ウセムトス剩ヘ與國ヲ誘ヒ帝國ノ周邊ニ於テ武備ヲ增強シテ我ニ挑戰シ更ニ帝國ノ平和的通商ニ有ラユル妨碍ヲ與ヘ遂ニ經濟斷交ヲ敢テシ帝國ノ生存ニ重大ナル脅威ヲ加フ朕ハ政府ヲシテ事態ヲ平和ノ裡ニ恢復 セシメムトシ隱忍久シキニ彌リタルモ彼ハ毫モ交讓ノ精神ナク徒ニ時局ノ解決ヲ遷延セシメテ此ノ間却ツテ益々經濟上軍事上ノ脅威ヲ增大シ以テ我ヲ屈從セシメムトス斯ノ如クニシテ推移セムカ東亞安定ニ關スル帝國積年ノ努力ハ悉ク水泡ニ歸シ帝國ノ存立亦正ニ危殆ニ瀕セリ事既ニ此ニ至ル帝國ハ今ヤ自存自衞ノ爲蹶然起ツテ一切ノ障碍ヲ破摧スルノ外ナキナリ皇祖皇宗ノ神靈上ニ在リ朕ハ汝有衆ノ忠誠勇武ニ信倚シ祖宗ノ 遺業ヲ恢弘シ速ニ禍根ヲ芟除シテ東亞永遠ノ平和ヲ確立シ以テ帝國ノ光榮ヲ保全セムコトヲ期ス

  御 名 御 璽

   昭和十六年十二月八日

<現代語譯文>

神々のご加護を保有し、萬世一系の皇位を繼ぐ大日本帝國天皇は、忠實で勇敢な汝ら臣民にはつきりと示す。 私はここに、米國及び英國に對して宣戰を布告する。私の陸海軍將兵は、全力を奮つて交戰に從事し、
私のすべての政府關係者はつとめに勵んで職務に身をささげ、私の國民はおのおのその本分をつくし、
一億の心をひとつにして國家の總力を舉げこの戰爭の目的を達成するために手ちがひのないやうにせよ。そもそも、東アジアの安定を確保して、世界の平和に寄與する事は、大いなる明治天皇と、 その偉大さを受け繼がれた大正天皇が構想されたことで、遠大なはかりごととして、 私が常に心がけてゐる事である。そして、各國との交流を篤くし、萬國の共榮の喜びをともにすることは、 帝國の外交の要としてゐるところである。今や、不幸にして、米英兩國と爭ひを開始するにゐたつた。 まことにやむをえない事態となつた。このやうな事態は、私の本意ではない。 中華民國政府は、 以前より我が帝國の眞意を理解せず、みだりに鬪爭を起こし、東アジアの平和を亂し、つひに帝國に 武器をとらせる事態にゐたらしめ、もう四年以上經過してゐる。
さいはひに國民政府は南京政府に新たに變はつた。帝國はこの政府と、善隣の誼(よしみ)を結び、 ともに提携するやうになつたが、重慶に殘存する蒋介石の政權は、米英の庇護を當てにし、兄弟である 南京政府と、いまだに相互のせめぎあう姿勢を改めない。米英兩國は、殘存する蒋介石政權を支援し、 東アジアの混亂を助長し、平和の美名にかくれて、東洋を征服する非道な野望をたくましくしてゐる。 剰へ、くみする國々を誘ひ、帝國の周邊に於て、軍備を増強し、わが國に挑戰し、更に帝國の 平和的通商にあらゆる妨碍を與へ、つひには意図的に經濟斷行をして、帝國の生存に重大なる脅威を 加へてゐる。 私は政府に事態を平和の裡(うち)に解決させようとさせようとし、長い間、忍耐してきたが、 米英は、少しも互ひに讓り合ふ精神がなく、むやみに事態の解決を遲らせようとし、その間にもますます、 經濟上・軍事上の脅威を増大し續け、それによつて我が國を屈服させようとしてゐる。 このやうな事態がこのまま續けば、東アジアの安定に關して我が帝國がはらつてきた積年の努力は、 悉く水の泡となり、帝國の存立も、まさに危機に瀕することになる。ことここに至つては、 我が帝國は今や、自存と自衞の爲に、決然と立上がり、一切の障碍を破摧する以外にない。
皇祖皇宗の神靈をいただき、私は、汝ら國民の忠誠と武勇を信頼し、祖先の遺業を押し廣め、 すみやかに禍根をとり除き、東アジアに永遠の平和を確立し、それによつて帝國の光榮の保全を期すものである。

b0241807_22204740.jpg



所謂る大詔に「自存自衞ノ爲蹶然起ツテ一切ノ障碍ヲ破摧スルノ外ナキナリ」と仰せられたる一節をみれば大東亞戰爭は自存・自衞の戰爭であつたと云へよう。
勇猛果敢に戰ひ、散華された皇軍兵士は、靖國神社に祀られてゐる。

泉水隆一翁曰く「靖國神社は日本軍を祀つてゐるのではなく、 皇軍兵士の武勳を祀つてゐる神社なのです。つまり 天皇の軍隊の神社なのです」(靖國神社の眞實より拔粹)

徳富蘇峰翁曰く「日本は天皇のしろしめす國土なれば、之を皇國と稱するは當然であり、人民は天皇の臣民として、祖先以來繼續し來りたるものであれば皇民と稱するは當然である。同時に天皇は現身神に在はし、現身神のしろしめす國であれば神國と云ふべく、又た神國に居住する吾等は神民と稱するも、決して不遜ではあるまい」(徳富蘇峰著 必勝國民讀本 世界史上の一大奇蹟より拔粹)

平泉澄先生曰く「非常の秋に臨んで殉國の気概あらしめたものは、幼児に耳にした父祖の遺訓であり、少年にして学んだ日本の歴史であり、その歴史に基づいての明治天皇の御諭し、即ち教育勅語に外ならなかったのでありました。未曾有の困難に遭遇して、能く國家を護持したるもの、それは実にかくの如き純粋の道義心でありました。そして今後、今も猶残る幾多の障害、幾多の困難に打ち勝って、日本國を崇高なる傳統ある光ある國とし、よって以て全世界の眞實の平和、眞實の幸福に貢献するもの、それも亦、かくの如き純粋の道義心でありましょう」(平泉澄著 少年日本史 大東亜戰爭より拔粹)
矢張り眞實の歴史教育を施さねばなるまいか。かの戰役から早くも七十一年も經過してしまつたのだから。
[PR]
by gokokutekkentai | 2012-12-08 22:42
天長節奉祝日乃丸大行進の御案内
天長節奉祝日乃丸大行進の御案内

拜啓 向寒の候 諸先生・諸先輩、同志諸兄に於かれましては、益々御清祥の事と御慶び申し上げます。
來たる十二月廿三日は、
天皇陛下御生誕の日であります。 天長節は街頭や家々に國旗日乃丸を掲げては億兆心を一にし 今上陛下御生誕を國民挙げて祝福す可き日であります。
天皇陛下の仁慈の大御心に感謝し奉り、大慈悲心の體現者であらせられる
天皇陛下に於かれましては、國家と國民の繁栄と安寧を常に御祈りされてをり、吾人臣民は、その 皇恩と 皇徳に感謝し奉り、吾人自ら進んで此の 皇恩と 皇徳に奬順し、對揚せねばなりません。因って我ゝはこの御目出度き 天長の佳節にあたり、相集つて諸共に奉祝し、 皇運扶翼の覺悟を新たに致したく、左記要領にて本大會を開催する運びとなりました。
時節柄御繁忙のことゝ存じますが、諸先生・諸先輩、同志諸兄に於かれましては何卒御誘ひ併せの上、御參加願ひますやう伏して御願ひ申し上げます。
敬具

平成廿四年 十二月吉日                                                                               
平             記
(日  (日 時)
平成廿四年 十二月廿三日(日曜日)雨天決行
第一部十七時~ 集會
第二部十八時~ 日乃丸大行進

(場 所) 神奈川縣横濱市中区蓬莱町三丁目 (横濱公園 水の広場内)
※日章旗・幟・提燈等歡迎いたします。
※服裝自由・隊服着用可、會旗・隊旗掲揚歡迎
※一般の方、亦御家族・隣人の方も御誘ひ併せの上御參加下さいますれば幸甚です。
※駐車場の用意は御坐いませんので、交通機關を利用して御越し戴ければ幸ひです。車で御越しの際は近くの駐車場を御利用下さい。

        主催 神奈川縣維新協議會
大會連絡先 事務局 横濱市磯子區中原一の一の卅五
コートグランディ 二百二號室
電話 〇四五(三六七)八一〇〇
[PR]
by gokokutekkentai | 2012-12-08 21:08
  
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28
カテゴリ
全体
未分類
最新の記事
天長節奉祝日乃丸大行進の御案内
at 2014-12-05 21:55
明治節參加
at 2014-11-09 09:57
眞實の歴史
at 2014-11-09 09:46
本日は地久節
at 2014-10-20 19:59
靖國神社秋季例大祭參加
at 2014-10-20 19:33
画像一覧
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
ブログパーツ
ファン