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これから何をすべきか
をととひに參議院選舉が行はれふたを開ければ自民黨の壓勝で終はり、自・公合はせて過半數以上の議席獲得で終はつた。新聞では衆・參のねじれ解消、そして共産黨躍進なる文言が見受けられた。しかしながら投票率が戰後三番目に低く、これで既成政黨は本當に國民から信任を得たことになるのだらうか。投票率の低い選舉戰は組織票がある政黨が強ひ。どの政黨もいろんなしがらみの組織にがんじがらめだ。これをかんがみれば組織票を持つ公明黨、共産黨には分があるだらう。結果もさうなつた。議會制民主主義はこの國にはふさはしくない。それでは吾人は何をすべきなのか。矢張り原點囘歸日本學の教養に徹するしかない。
徳富蘇峰翁曰く「學問は日本學にあり、學問の目的は、完全なる日本國民を教養することである。これが教學の一大根本義である。苟もこの大義を把持するに於ては、精神的武裝、思想的防禦、自ら其の然るを竢たずして、然る可し。而して我等は何處に日本學の本體を求めん乎。それは只、日本歴史の眞源に溯り、且つその三千年來の沿革に就て、之を吟味せねばならぬ」 (蘇峰 徳富豬一郎著 昭和國民讀本 教學の目的より拔粹)
吾人はこの時を逃してはいけないだらう。

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壓勝でほくそ笑む安倍首相
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by gokokutekkentai | 2013-07-23 21:46
さうだ神社に行かう 淺間神社編
大綱金刀比羅神社參拜後次の目的地西區に鎭坐してゐる淺間神社に向かひ參拜をしてきた。

御祭神

木花咲耶姫命 ( このはなさくやひめのみこと )

天照皇大神 ( あまてらすすめおおみかみ )

武甕槌命 ( たけみかずちのみこと )

御由諸

創建年月不詳であるが、源頼朝文治元年(一一八六)平家討滅後、政道の恢弘に先づ社寺を復興し、且は戰勝報賽のため遠近の社寺修築、神馬神田の寄進に及んだ、然る所武藏國橘樹郡神奈川在芝生村(現今の淺間町)に富士山の形状の山地あるをトし社殿を創築し、富士淺間神社の御分靈を奉祀したのを創祀とする。爾來、八百年、神威赫灼として遠近に輝いたが、昭和三年御大典記念事業として御造營の社殿は惜しくも昭和二十年五月の戰災のため烏有に歸した。戰後直ちに社殿の復興再建の議起り、昭和三十年淺間神社復興建築に着手、氏子各位の盡誠獻金によつて官幣大社淺間神社(富士宮市)社殿の形状を縮小設計し、先づ境内擴張整備を成し、從來敷地三倍以上の造成をなし、同三十三年社殿工事起工式、同三十四年竣工、舊社殿にまさる丹塗樓閣造りの御社殿の落成を見たのである。相殿の神明宮は天照皇大神を祀り淺間町字神明の山上に、鹿島神社は武甕槌命を祀り淺間町字鹿島に鎭坐してゐたが明治四十一年八月十五日に合祀せられたものである。(神奈川縣神社誌)より拔粹

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by gokokutekkentai | 2013-07-20 22:40
さうだ神社に行かう大綱金刀比羅神社編
洲嵜大神を參拜後次の目的地に向かつた。神奈川區に鎭坐する大綱金刀比羅神社にて參拜をしてきた。

御祭神

大物主神 ( おおものぬしのかみ )

金山彦神 ( かなやまひこのかみ )

日本武尊 ( やまとたけるのみこと )

大山祇神 ( おおやまつみのかみ )

御由諸

[大綱金刀比羅神社略記]
鎭坐地 横濱市神奈川區臺町七番地の三四
舊東海道、神奈川宿臺の坂に鎭坐し、往時は東海道を上り下りする旅人は道中の安泰を祈り、また、すぐ下の袖が浦神奈川港に出入りする船は海上安全を祈願して出港し、街道すじには囘船問屋が軒を連ね繁榮を極めてゐた。
御祭神
大物主神 (おおものぬしのかみ)   大國主神の和魂 (にぎみたま)で福徳圓滿、商賣繁盛、海陸交通、醫藥を司り給ふ大神。
金山彦神 (かなやまひこのかみ)  金銀銅山を司り給ふ大神。
日本武尊 (やまとたけるのみこと)  治安、安寧に盡くし給ふ大神。
大山津見神 (おおやまつみのかみ)  國土安泰、國家安全、家内安全、商賣繁盛、海運、延命長壽、縁結び、夫婦和合、子育て、厄除けを司り給ふ大神。
末社
三寶荒神社 (火之迦具土神 ほのかぐつちのかみ)   礦業、製鐵、農機具、刄物、陶磁器製造、金銀財寶、金運、招福、鎭火、防災を司り給ふ大神。
辯天社 (奧津島比賣命 おきつしまひめのみこと)( 市杵島比賣命 いちきしまひめのみこと) ( 多岐津島比賣命 たぎつしまひめのみこと)  陸上、航海安全、漁業、運輸、五穀豐穰、國家平穩を司り給ふ大神。
龍神社 (闇淤加美神 くらおかみのかみ)( 闇御津羽神 くらみつはのかみ)  雨乞、止雨の靈驗があり灌漑、養蠶の守護を司り給ふ大神。
稻荷社 (宇迦之御魂神 うかのみたまのみこと)   市場の神、商賣繁昌の守護を司り給ふ大神。
御社號
古來、飯綱大權現、金刀比羅大權現と稱してきたが、明治二年、太政官通達により大綱神社、金刀比羅神社と改稱し、更に明治四十四年、兩神社を合祀し大綱金刀比羅神社と改稱した。
由緒と沿革
治承四年 平安時代、源頼朝は伊豆國石橋山の一戰に敗れ安房國へ小舟で逃れようとしたが、逆卷く浪は雪を噴いて渡航することができず如何にせんかと心を碎き、日頃の疲れにうとうとまどろむ中に大權現の神靈現れ『汝思ひ惑はず目指す安房の國に渡るべし、海上に憂ひあらば吾よく守護してその難なからしむべし』と告げ終へるとそのお姿が見えなくなつた。頼朝、目覺めて後あまりの不思議に言葉も出なかつたが、さしもの浪風も忽ちに治り難なく安房國へ渡り、源家再興を企て後に天下を我がものとした。頼朝は深くこの時の鴻恩に感じ、勝軍飯綱大權現とあがめ奉り、文治年中に青木山上に一宇を建て武運を祈つた。又この袖箇浦から出船した者は、必ず此所で護摩を修めてから諸國へ出航したものだと言ふ。

◎棟札その他が物語る社史略記 (※印は戰禍で崩潰し今はな無き物)
寛永十九年 、 代官伊奈半十郎、神主長塚常陸守重永、社殿を造營した棟札
※寶暦十四年 、 石燈篭一對 紀國屋忠右衞門奉納
天明八年 、御厨子塗代へ 江戸材木町佛工清七
享和元年 、石燈篭四基 囘船問屋 海上安全 小野屋茂兵衞 津屋太兵衞
文化七年 、石燈篭 筑前國宮浦 榮久丸米藏
弘化三年 、金刀比羅宮社殿營繕棟札
弘化四年 、句碑 『吹行やひともすすきの秋のかぜ』
明治十五年 、 村社に列せられる
明治四十三年 、 裏山崩潰し金刀比羅神社を半壞
明治四十四年 、社殿を再建。山上より大綱神社を移築し本殿となし兩社を合齋して社號を大綱金刀比羅神社と改稱した
昭和六十年、裏山崩潰し現在に至る (假社殿) (神奈川神社廳 家貢より拔粹)

こゝでも御朱印を戴いたのだが、御朱印を書いてくれたのが女性の宮司さんだつた。


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by gokokutekkentai | 2013-07-20 11:52
さうだ神社に行かう洲嵜神社編
連休中に贖入した御朱印帖を手に原附をかつ飛ばして前囘參拜した師岡熊野神社、菊名神社、篠原八幡大神に參拜し御朱印を戴いた。次に神奈川區に鎭坐する洲嵜神社にて參拜した。

御祭神

天太玉命 ( あめのふとたまのみこと )

天比理刀賣命 ( あめのひりとめのみこと )

素盞男命 ( すさのおのみこと )

大山咋命 ( おおやまくいのみこと )

御由諸

建久二年六月廿六日源頼朝公が安房國官幣大社安房神社の御分靈を勸請し、幕府直轄の神社として創建した。明治元年十月十一日明治天皇御東行の砌、當社境内に内侍所奉安殿を造營された。同十六年郷社に列せられ、同四十年神饌幣帛料供進社に指定された。
また平成二年御鎭坐八百年祭に於て日本有數の御神輿を奉舁し、往時の御濱下祭を偲んだ。

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by gokokutekkentai | 2013-07-17 21:42
御朱印を戴く
さまたゝゝ更新が遲れてしまつた。最近は生業のはうも忙しく、また今は選舉期間中のためなどと言ひ譯をしてみた。愚生は初めて御朱印なるものがあることを知ったのだ。これは市村大兄や成美兄が初めたのがきつかけである。あくまでも參拜の際に戴くものなので、御朱印を戴くことが主ではない。當然ながら參拜し神を敬ふことが先なのである。そんなこんなでこの連休を利用して、近くの神社に參拜してきた。その報告はまた後日に・・・

御朱印は本來、參拜者が冩經をお寺に納めた際にゐただく印でした。それがいつの頃からか(一説には江戸時代後期とも云はれてゐます)納經しなくても參拜のあかしとして戴けるやうになりました。これがやがて神社にも廣がり、今では多くの寺社で戴けるやうになりました。

現在では誰でも簡單に御朱印を戴くことが出來ますが、觀光地などの「記念スタンプ」とは意味合ひがまつたく違ひますのでご注意ください。

御朱印は、御守やお札と同じく神佛や寺社名が書いてありますので、
御本尊や御神體の分身と云つても過言ではありません。
また、書いてくださる方は心を込めて一字一字ていねいに書き押印してくださいます。
印刷物などとは違ひ、まつたく同じ物はありません。
あなたのためだけに書いて戴いたものですので、粗末に扱はないやうにし、
ずつと大切に保管しませう。(御朱印とはから拔粹 )

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by gokokutekkentai | 2013-07-15 20:43
  
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