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天長節日乃丸大行進
本日は毎年恆例の神維協主催の天長節日乃丸大行進が行はれた。寒風吹く中多くの同志 同憂の方々が驅けつけてくださり、横濱市民と共に本日の佳き日をお祝ひしたのだつた。 時には沿道で拍手、萬歳をしてゐる方もをり、中には途中參加する市民もをり、大盛況であつた。

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徳富蘇峰翁曰く「日本國家は、我が皇室を本體として成立するものなれば、取りも直さず、皇室は國民の父母である。故に日本國民としては、皇室に忠を效す以外に、國民としての道を效す方法は無い」(蘇峰 徳富豬一郎著 國民小訓 青年男女各位より拔粹)
またかうも曰く「國體の神髄は、萬世一系の皇統に存し、國體の尊嚴は、天皇の大權の尊嚴に存し、國體の擁護は、皇室を中心として、國民が皇室に對する忠誠の最善を效すに存す」(蘇峰 徳富豬一郎著 昭和國民讀本 日本の國體より拔粹)

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by gokokutekkentai | 2013-12-23 22:10
天皇陛御降誕日
本日は天長節である。本年で傘壽をお迎へあそばれました。天皇陛下におかれましては常に國民の安寧をお祈りいただいてをり、現在でも東日本大震災の被災者に思ひをお寄せになつてをられます。

問1 陛下は傘寿を迎えられ,平成の時代になってまもなく四半世紀が刻まれます。昭和の時代から平成のいままでを顧みると,戦争とその後の復興,多くの災害や厳しい経済情勢などがあり,陛下ご自身の2度の大きな手術もありました。80年の道のりを振り返って特に印象に残っている出来事や,傘寿を迎えられたご感想,そしてこれからの人生をどのように歩もうとされているのかお聞かせ下さい。
天皇陛下


80年の道のりを振り返って,特に印象に残っている出来事という質問ですが,やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです。私が学齢に達した時には中国との戦争が始まっており,その翌年の12月8日から,中国のほかに新たに米国,英国,オランダとの戦争が始まりました。終戦を迎えたのは小学校の最後の年でした。この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が,若くして命を失ったことを思うと,本当に痛ましい限りです。

戦後,連合国軍の占領下にあった日本は,平和と民主主義を,守るべき大切なものとして,日本国憲法を作り,様々な改革を行って,今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し,かつ,改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し,深い感謝の気持ちを抱いています。また,当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。戦後60年を超す歳月を経,今日,日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても,人と人との絆きずなを大切にし,冷静に事に対処し,復興に向かって尽力する人々が育っていることを,本当に心強く思っています。

傘寿を迎える私が,これまでに日本を支え,今も各地で様々に我が国の向上,発展に尽くしている人々に日々感謝の気持ちを持って過ごせることを幸せなことと思っています。既に80年の人生を歩み,これからの歩みという問いにやや戸惑っていますが,年齢による制約を受け入れつつ,できる限り役割を果たしていきたいと思っています。

80年にわたる私の人生には,昭和天皇を始めとし,多くの人々とのつながりや出会いがあり,直接間接に,様々な教えを受けました。宮内庁,皇宮警察という組織の世話にもなり,大勢の誠意ある人々がこれまで支えてくれたことに感謝しています。

天皇という立場にあることは,孤独とも思えるものですが,私は結婚により,私が大切にしたいと思うものを共に大切に思ってくれる伴侶を得ました。皇后が常に私の立場を尊重しつつ寄り添ってくれたことに安らぎを覚え,これまで天皇の役割を果たそうと努力できたことを幸せだったと思っています。

これからも日々国民の幸せを祈りつつ,努めていきたいと思います。
問2 両陛下が長年続けられてきた「こどもの日」と「敬老の日」にちなむ施設訪問について,来年を最後に若い世代に譲られると宮内庁から発表がありました。こうした公務の引き継ぎは,天皇陛下と皇太子さまや秋篠宮さまとの定期的な話し合いも踏まえて検討されていることと思います。現在のご体調と,こうした公務の引き継ぎについてどのようにお考えかお聞かせ下さい。
天皇陛下


「こどもの日」と「敬老の日」にちなんで,平成4年から毎年,子どもや老人の施設を訪問してきましたが,再来年からこの施設訪問を若い世代に譲ることにしました。始めた当時は2人とも50代でしたが,再来年になると,皇后も私も80代になります。子どもとは余りに年齢差ができてしまいましたし,老人とはほぼ同年配になります。再来年になると皇太子は50代半ばになり,私どもがこの施設訪問を始めた年代に近くなります。したがって再来年からは若い世代に譲ることが望ましいと考えたわけです。この引継ぎは体調とは関係ありません。

負担の軽減に関する引継ぎについては,昨年の記者会見でお話ししたように,今のところしばらくはこのままでいきたいと思っています。
問3 今年は五輪招致活動をめぐる動きなど皇室の活動と政治との関わりについての論議が多く見られましたが,陛下は皇室の立場と活動について,どのようにお考えかお聞かせ下さい。
天皇陛下


日本国憲法には「天皇は,この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ,国政に関する権能を有しない。」と規定されています。この条項を遵守することを念頭において,私は天皇としての活動を律しています。

しかし,質問にあった五輪招致活動のように,主旨がはっきりうたってあればともかく,問題によっては,国政に関与するのかどうか,判断の難しい場合もあります。そのような場合はできる限り客観的に,また法律的に,考えられる立場にある宮内庁長官や参与の意見を聴くことにしています。今度の場合,参与も宮内庁長官始め関係者も,この問題が国政に関与するかどうか一生懸命考えてくれました。今後とも憲法を遵守する立場に立って,事に当たっていくつもりです。

関連質問
問 質問させていただきます。先日,陛下は皇后さまとインドを訪問され,日印の友好親善を更に深められました。53年ぶりとなったインド公式訪問の御感想をお聞かせ願うとともに,国際友好親善に際して陛下が心掛けていらっしゃることについても併せてお聞かせ下さい。
天皇陛下


この度のインドの訪問は,インドとの国交60周年という節目の年に当たっておりましてインドを訪問したわけです。

インドを初めて訪問しましたのは当時のプラサド大統領が日本を国賓として訪問されたことに対する答訪として,昭和天皇の名代として訪問したわけです。当時は,まだ国事行為の臨時代行に関する法律のない時代でしたから,私が天皇の名代として行くことになったわけです。

当時のことを思い起こしますと,まだインドが独立して間もない頃,プラサド大統領は初代の大統領でしたし,これからの国造りに励んでいるところだったと思います。ラダクリシュナン副大統領は後に大統領になられました。それからネルー首相と,世界的に思想家としても知られた人たちでしたし,その時のインドの訪問は振り返っても意義あるものだったと思います。

そして,私にはそれまでヨーロッパと中国の歴史などは割合に本を読んだりしていましたが,その間に横たわる地域の歴史というものは本も少なく,余り知られないことが多かったわけです。この訪問によって両地域の中間に当たる国々の歴史を知る機会に恵まれたと思います。

今度のインドの訪問は,前の訪問の経験がありますので,ある程度,インドに対しては知識を持っていましたが,一方で,日本への関心など非常に関心や交流が深くなっているということを感じました。

ネルー大学での日本語のディスカッションなど日本語だけで非常に立派なディスカッションだったように思います。また,公園で会ったインドの少年が,地域の環境問題を一生懸命に考えている姿も心に残るものでした。

そういう面で,これからインドとの交流,また,インドそのものの発展というものに大きな期待が持たれるのではないかという感じを受けた旅でした。 (宮内庁 家貢より抜粋 原文のマヽ)

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by gokokutekkentai | 2013-12-23 21:47
神維協烈士を偲ぶ會
昨日は、當隊が加盟してゐる神奈川縣維新協議會今年最後の定例會が行はれた。その後「神維協烈士を偲ぶ會」を執り行われた。結成時から今までの先生方、先輩方を偲び會員一同、決意を新たにした。

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by gokokutekkentai | 2013-12-22 22:05
大東亞開戰の日
本日十二月八日は大東亞開戰の日である。昭和十六年十二月八日から廿年八月十五日までの、日本と米英蘇支との戰ひを日本は大東亞戰と呼び、米國は太平洋戰と呼んでゐる。ここにも自存自衞のために起ち上がつた日本と、太平洋を越えてアジア侵掠を目指した米國との考へ方の相違がある。
「大東亞戰爭は神敕奉行の攘夷戰である。天地の中心におはしますわが現つ神 天皇をおそれずかしこまず、不遜暴戻にも力をもつてわれを屈服せしめようとしたために、神意にもとづかれて發動せられたみいくさであり、これは 神武天皇の御東征、日本武尊の熊襲及び蝦夷の御征伐等から近くは日清、日露の聖戰につづくあの使命感の上に立つものである。このことは現つ神 天皇の「峰つづき」の御製、ならびに宣戰の大詔をくりかへし謹誦しまつることによつて明らかなことである」(荒木精之著 新風連と尊攘精神より拔粹)

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by gokokutekkentai | 2013-12-08 23:04
天長節の御知らせ
拜啓 向寒の候 諸先生・諸先輩、同志諸兄に於かれましては、益々御清祥の事と御慶び申し上げます。

來たる十二月廿三日は、

天皇陛下御生誕の日であります。天長節は街頭や家々に國旗日乃丸を掲げては億兆心を一に祝福す可き日です。

日本は神の生まし御國であり、神のまもらす國家であり、現つ神 天皇を奉戴してゐます。 天皇は神敕の奉行者であらせられ、修理固成、寶祚無窮の神敕を御實現あそばされてをられます。我ゝ民草は肇國の昔から、神を信じ、神敕を御奉行まします現つ神 天皇にまつろひ、天業翼賛を以て道として伝へてきてゐます。この皇神の道所謂皇道を貫いていかなければなりません。

因って我ゝはこの御目出度き天長の佳節にあたり、相集つて諸共に奉祝し、皇運扶翼の覺悟を新たに致したく、左記要領にて本大會を開催する運びとなりました。

時節柄御繁忙のことと存じますが、諸先生・諸先輩、同志諸兄に於かれましては何卒御誘ひ併せの上、御參加願ひますやう伏して御願ひ申し上げます。  


敬具               

平成廿五年 十二月吉日

                                                                                

            記
(日 時)

平成廿五年 十二月廿三日(月曜日)雨天決行

        第一部  十七時~ 集會

第二部  十八時~ 日乃丸大行進
(場 所)
神奈川縣横濱市中区蓬莱町三丁目 (大通り公園内 水の広場)

※日章旗・幟・提燈等歡迎いたします。
※服裝自由・隊服着用可、會旗・隊旗掲揚歡迎!
※一般の方、亦御家族・隣人の方も御誘ひ併せの上御參加下さいますれば幸甚です。
※駐車場の用意は御坐いませんので、交通機關を利用して御越し戴ければ幸ひです。車で御越しの際は近くの駐車場を御利用下さい。



主催 神奈川縣維新協議會
大會連絡先 事務局 横濱市磯子區中原一の一の卅五コートグランディ 二百二號室
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by gokokutekkentai | 2013-12-01 20:32
神奈川有志の會に出席
先週の木曜日に神奈川有志の會に出席してきた。今年を總括しながら色々な話題で大盛況であつた。また貴田會長が日本の麻ついて述べられてゐたのがとても印象的であつた。

神麻祓串筒(おほむさはらへくしづつ)

神麻に就いて
神麻(大幣・祓幣)は日本では古より不淨を祓ひ清る神具として國家・國民の安寧を祈願するために用ゐられてきました。しかし現在は、布帛の神事復古を願ひ大自然の恵みを授かつた麻栽培百家 神麻祓串筒 作りの技術を守る人と麻に携る人達の努力で創りました。神聖な本素材で作り上げた 神麻祓串筒 を授かつた方は神棚の左側に供へるか部屋の一段高い場所に於て下さい。

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by gokokutekkentai | 2013-12-01 20:30
  
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